2007年8月 7日 (火)

今日で38歳です。

早いもので今年も8月・・・と思ったら、今日は私の誕生日でした。
おめでとう、私!

去年も一年過ぎるのが早かったけど、今年はまたそれに輪を掛けて早いです。
来年はもっと早かったりして。
オウ、コワイデース!

おかげさまでこの一年病気もケガもせず、
今年1月には元気な赤ちゃんまで授かって、
本当にありがたいな~と今朝神棚に手を合わせて感謝感謝。

去年の今日は、苫小牧の病院へ月に一度の定期検診に行っていたのを思い出しました。
その時お腹の中にいた人が、今はすぐそこで寝ているとは・・・
不思議です。

産まれた時に安産であまり時間がかからなかったせいか
(いえ、それでも私としてはものすごく大変だったのですが)、
晴香が産まれてお腹の上にポンと乗せられたときから
ものすごい<他人感>でして、
それは今日まで彼女が大きくなるごとに増しています。

実はお腹の中にいた時からそうなんですけど、
母子一体感というよりは、なぜだか自分とは全然違う他人、という気がしてなりません。
「親子」という感じはきちんとあるのですが、全く別人な感じ・・・

母親って、もっとこう、子どもと自分とを一体のものだとみなしていて、
意識しないと子どもべったりになってしまう生き物だと思っていましたが、
自分でなってみると意外とそうでもない感じ・・・

いえ、かわいいのはかわいいですし、十分親バカではありますが、
もっとこう、身を捨てて!というか全身全霊傾けて!みたいな
滅私奉公的な暑苦しい愛情でいっぱい!って感じかと思ったら、
意外とそうでもない、というのが正直な感想です。
(あ、十分そうですか?)
知り合いのママ友さんたちもそうです。
それとも、これからなのでしょうか。



はー、さて今日で38歳ということは、
38年前の今日、私の母が暑い痛い大変な思いをして
私を産んだということなんですね。

当たり前のことですが、自分が今年初めて出産を経験して、
新鮮に、またリアルにそのことが迫ってくるように思います。

38歳おめでとう私!とか言ってる場合じゃなくて、
本当は、38年前、いろいろと大変な思いをして私を産んでくれた母に、
そしてそれを支えてくれた父や姉に、
一番感謝しなければいけない日なのだなーと思います。
・・・けど全然できてないなあ。

しかし、38歳ということは、あと2年で40・・・
晴香が小6のときには50歳・・・
仕方のないことですが、地方都市は若いお母さんが多いだけに、
高齢出産なかなか悲しいぞ!と思う今日この頃です。

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2007年4月11日 (水)

二人でお散歩

4月も10日を過ぎたとはいえ、まだまだ風が冷たい静内ですが、
産後のぶよぶよ体型を克服するため
毎日徐々に散歩の時間と距離を伸ばしています。

昨日は1時間。
銀行へ出かけました。
窓口でずい分待たされましたが、その間もグースカ寝てて静か。
母さんは助かります。

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姉にもらった
BabyGapの服。

服はオシャレですが
顔が関取…

あったか仕様なので
お出かけ時に着ようと
出してみたら、
もうすでにバンバン

まあまだ2~3ヶ月は
着られるでしょう。
着られるかな・・・
着せたいな・・・

心地良い揺れのためか、はたまた長時間連れ回されたためか、寝てしまいました。

そして今日は2時間(増え方が急ですが)。

Dsc027541_1

セブンイレブンで立ち読みしてたら、
いつの間にか起きていて、目をパチクリ。
「ここはどこなんだよ」とでもいいたげな。



去年はお腹の晴香嬢と1.5人くらいでお散歩でしたが、
今年は晴香嬢が生まれて二人でお散歩です。

お散歩の途中で見つけた理容室の看板です。

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「ナウな」とか「フィーリング」とか、久々に見ました。

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2007年3月18日 (日)

うるかす

「鈍感力」(渡辺淳一) なんて本が出てたのですね。


Donkanryoku


なるほど。
道理で鈍感なわけだ。

ていうか、誰かこの有害老人の開き直りを止めてください。
お願いします。



さて。
「うるかす」という北海道弁があります。
これは、例えば「お米をうるかす」とか、「後で洗うから、お茶碗はうるかしといて~」などというように何かを水に入れてふやかしておく、ぐらいの意味でよく使います。

が、先日この方言の新しい用法をゲットしました。

うちの庭に生ゴミを捨てるコンポストを設置しているのですが、
先日そこへネズミが出没していることが判明。
そこで、生ゴミを捨てるのは一時停止して、
薬局でピンクのネズミ殺しを買ってきて撒いてみましたが、
その毒には一切手をつけずに出入りを繰り返している模様。

そこで、ネズミ殺しがダメなら、檻の罠を仕掛けて捕まえるか、という話になりました。
しかし、ネズミが檻にかかったとしても、生きてるんですから
それはどうしたらいいんだよ、というところで義父の一言。

「川にうるかしておけば死ぬから」

川の水にしばらく漬けておいて殺せばいい、というぐらいの意味でしょうか。
生き物に対して「うるかす」という方言を使った例は初めて聞きました。
夫が小学生の時、教室に出たネズミを罠で捕まえて、そうしたそうです(先生の指示により)。ものすごくジタバタしたそうです。

・・・・・。

なんにせよ、私はやりたくないです。

「うるかす」の新用法でした。



私事で恐縮ですが、おかげさまで、今日で結婚1周年を迎えました。
私の人生の中で最も早く過ぎ、しかも変化に富んだ、激動の一年でした。

私を支えてくれた家族の皆さん、大切な友人・知人の皆さま、
そして私たち夫婦のもとに来てくれた晴香嬢、
いろいろな人たちに感謝・感謝です。



晴香嬢は、今日もうんうんと大声を出してきばっては
ぶー、と大人顔負けのオナラをしています。

機嫌の良いときは、
腕をパタパタさせてニコッとします。

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寄り目になるときも。

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おかげさまで、健やかです。

そろそろ2ヶ月。
抱っこするとかなりずっしり腕にくるように。
おっぱいだけでどうしてこんなに重くなるのか。
リングネームは、はるか・THE・落武者

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2007年2月 2日 (金)

静内人の正体

ある時は、   貞淑な妻     ~昼はしとやかに
またある時は、妖艶な娼婦 ~夜はちょっと大胆。

そしてまたある時は、高齢出産だけど安産な 
      子どもを産む機械(by 柳沢大臣)にして子袋(by ナポレオン)、
そしてまたある時は、オッパイ星人・晴香嬢のためなら
      いつでもどこでもおっぱい出動可能な乳マシーン 
       (今だけDカップにグレードアップ・牛並みに搾乳も可能!)


…しかして その実体は、

しずないじ~ん・フラッシュ!!

          


Self_photo

・・・・・・。

(現在これに5kgくらいプラス)

現在、出産による裂傷と腰痛で全身バラバラの満身創痍、
そして競走馬のふるさと・静内をこよなく愛する
  無職主婦(37)にしてHF(hard feminist)、

最近2世が誕生してパワーアップしました。
今年は子育てで山菜採りに行けなさそうなのが残念です。

早く細い服が着たい。
本も読みたい。


※今日は上海在住・上海人さんから頂いたメールを参考にしてみました。



さて、今日のベストショットです。

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娘と義父の手です。

義父は、長い間日高の山で木を切ってきました。
山男のごつごつとした美しい手をしています。

今日は晴香嬢のために、家の周りの雪かきをしに来てくれました。

ここで一句。

   それぞれの 手に歴史あり 未来あり

                           …川柳でお粗末。



ウチの娘は怪獣グースカなので、
よく寝るのは喜ばしいことなのですが、
授乳中に鼾をかいて寝るのはやめてほしいです。

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もうちょっと飲んでから
寝てほしい…

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2007年1月29日 (月)

産まれました。

静内人・カムバック!しました。
1月23日に無事女の子が産まれました。

27日土曜日に退院しました。
おかげさまで安産で、母子共に元気です。

本当は、友人・知人の皆さまにメールをしようと思ったのですが、現在Yahooメールがイカレていて添付ファイル機能もメール送信も不可ですので、非常にプライベートな内容ではありますが、ブログにアップさせて頂きます。(このブログにプライベート以外の話題があるのかと言われると困りますが)

2780g 名前は、晴香(はるか)です。

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病院で
寝てるところ。

ぐーすか
寝てばっかりなので、
怪獣グースカ
呼んでいます。

夫にそっくり…




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私の体から
出てきたはずなのに、
私に全然似ていない。

目が切れ長。

またもグースカです。

まあ新生児ですから
寝るのが普通ですか。

泣いたりぐずったりしないので、親孝行です。


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うーーーん!
と伸び。

4日目くらいから
でしょうか。

寝起きに
伸びをするように。

猫みたいです。
みゃあみゃあ
言いますし。
でも名古屋人ではありません。

カラスの鳴き声と似た声も出しますので、
カラスが鳴くと「お?起きたか?」と勘違いします。

あと、Dr.スランプあられちゃん(古)のクピプゥという声とよく似た音をよく出します。

そういえば、新生児は猫と会話ができると話に聞いたことがあります。
何でも、猫が赤ちゃんの脇に座って、ふみゃふみゃ言ってるそうです。
是非とも試してみたいものです。


Dsc02178 

すーやすや。

つか、
いつでもぐーすか。

起こさないと
いつまでも
寝ているので、
授乳するときも
起こすのが大変です。


…そうなんです。
私、授乳しているんです!!! 
だって、母さんだから!

いや、驚くようなことじゃありませんが、
3時間おきに現在私自身がこの人のご飯と化しています。

西原理恵子の毎日母さんがバイブルになりそうです。

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ばんざーいポーズで
ぐーすか。

授乳の最中にも
寝てしまうので、

寝るなー!
寝ると死ぬぞー!
スコット隊長ぉー!
南極はまだだー!

といつも起こすのですが、全然びくともしません。
冬山なら間違いなく凍死でしょう。

寝る子は育つ、ということでいいのでしょうか。

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今日のぐーすかです。
ちょっと顔立ちもしっかりしてきたでしょうか。
一応女子なのですが、夫そっくりです。

さて、昨夜のベストショット(撮影:静内人おっと)

Dsc02191_2   

昨日の夜中に目がぱっちり開きました。

ぐーすかと言えど、
日々目を開く時間が増えてきました。

何を見ているのか、
大きく目を開けて
きょろきょろしていました。


毎日変わるので、見ていて飽きません。
面白いです。

おっと、そろそろ次の授乳時間なので
取り急ぎ乱筆乱文にて失礼いたします。
皆さまどうかお元気で。
静内にも是非遊びにいらしてください。

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2007年1月19日 (金)

まだでした。

金曜日なので、
トドックが届く。

とシャレてみたところで、お晩でした~。 (まだ昼前ですが)
道産子の方も、そうでない方も、お元気ですか~?



さて、

ヨガやって、お灸して、ウォーキングして、定本育児の百科を読んで、
ヨガやって、お灸して、ウォーキングして、ウルトラ・ダラーを読んで、
ヨガやって、お灸して、ウォーキングして、桶谷式母乳で育てる本を読んで、

と、日々出産モードのため
ブログ更新が手薄になっております。
申し訳ありません。



という訳で、まだ産んでません。

着々と予定日が近づいてくるにつれ、
股関節が外れそうです。



出産は、死と隣り合わせの<体のお仕事>ですので、
体を鍛えてできるだけ野生を取り戻すべく日々奮闘中ですが、
これがなかなか難しい。

ブロイラーみたいに家畜的・他力本願的に産ませてもらうお産ではなく、
私が自分で産むという主体的なお産をしたい、と思って
そのための体作りを目指してきましたが、
実際よほどストイックな人でない限り、結構難しいものです。

自然なお産を目指す吉村医院 お産の家HP)というところでは、
妊婦さんが毎日散歩3時間スクワット300回
その他に雑巾がけや薪割りもこなすというんですから。

一時期、私も真似してスクワットに励んでみましたが、
腰痛であえなくダウンしました。ひ弱です。



赤ん坊が産まれてくれば、その世話に明け暮れて
嫌でも野性的動物モードの生活になるのかもしれません。

楽しみでもあり、恐ろしくもあり。
ゆっくり寝られるのも今のうちらしいですから。



去年の今ごろは、
足を骨折したり、過労で倒れたりしていましたが、
(その節は皆さまご迷惑をお掛けしました)
おかげさまでここまで何とか無事に来られました。

直前でも結構普通に日常生活を過ごせるものなんだなあ、と意外ですが、
これも嵐の前の静けさなのか。

予定日の28日まであと約1週間、
このまま無事にお産が済むことを祈って。。。

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2007年1月14日 (日)

コープ宅配システム トドック

出産予定日を2週間後に控え、
その前後の買い物の不便を考えて
生協の個別宅配システムに加入してみました。

●コープ宅配システム トドック
http://www.etodok.jp/

こんな感じの↓分厚いチラシ群が毎週配達されてきます。

Dsc02000
これがなかなか楽しい♪

野菜やお肉など食品は
もちろんのこと、
(これが結構安い)

日用雑貨、服、本など、
実に様々なものが
買えます。






が、今回最も驚いたのはこちら↓。

Dsc01991_1

ジョニー・デップ
ポスター・ブック


定価1,680円 が、今ならナント!
   ↓
1,596円 のお買い得価格!

「ファンにはたまらない永久保存版のポスター・ブック、特製シール付き。」です。

ジョニー・デップが生協の宅配で買える!

安い。
いろんな意味で、安い…



ちなみに、この「写真集・まんが・手芸・ピアノ楽譜集」のページで
ジョニー・デップの隣に売られていたのは、
愛蔵版ベルサイユのばら(全3巻) 4,389円でした。

その下に売られていたのは、
見てすぐ描ける水彩スケッチ 1,596円でした。

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現在の日本におけるジョニー・デップの位置付けって
どうなっているんでしょうか。

生協の宅配システムで販売されるほど
ある意味メジャーではあるものの、
同じく生協の宅配システムで買えるほど
消費され尽くした安い存在になってしまったのでしょうか。

私の中のジョニー・デップのイメージと言えば
いまだにシザーハンズ止まりなので、
ちょっと驚きました。

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2007年1月10日 (水)

夕張報道の安易さに怒る

世間で流行るものの価値観が分からなくなって久しいのだが、
(というより理解できたためしなどないのだが)

DJ・OZMAの紅白パフォーマンスなどよりも、
ゴールデンタイムに流れる映画「愛の流刑地」のCMの下品暴力攻撃
悩まされている今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。



「愛のコリーダ」(大島渚・1976)とか、伊藤整のチャタレイ事件などの
芸術性とは根本的に全く違うと思うんですが、何をどう勘違いしたのか
平井堅の熱唱付きで 目から 耳から 毒が~~
もう勘弁して~~! (←だったらテレビを消せ)
という状態である。



文学とゴミの境とは。

恐るべし、長寿・渡辺淳一氏。
中曽根康弘氏と並び、一刻も早い死が社会貢献となる両雄だと思う。
合掌。

**********************

さて、今日の本題です。
(今日はちょっと長いです。ごめんなさい)

お正月はテレビを見る機会が多くて、
夕張に関する取材ものをいくつか目にしましたが、
いずれもその捉え方に違和感を抱きました。

本当は、違和感どころか
あまりにも捉え方の枠組みが緩くて 怒! でした。



まず一つ目は、成人式のニュース。

複数のニュース番組で目にしたのが、
夕張の成人式と、普通の成人式とを対比させるものでした。

夕張の若者が自主的に取り組んで手作りの成人式を成功させて、
みんな感動!皆さん、どうもありがとうございました。涙・涙・涙!
という頑張る偉い夕張の若者「そうだよ本来成人式ってのは
育ててくれた大人たちに若者が感謝してなんぼだろうが」

…の感動映像の一方で、

酒を飲んで盛り上がったりするちゃらちゃらした若者(死語)や、
普通のお祭り騒ぎ的な成人式の映像を対置させて、
「まったく最近の若者は…」という方向へ視聴者を導く図式である。



時節柄、このような対比による番組作りになってしまうのも分かりますが、
このコーナーを作ったテレビ製作者の方々の思考枠組みって、
あまりに単純で安易で、しかも単におっさん臭くないでしょうか。
同時に、何か重要な視点がすっぽり抜け落ちてないでしょうか。

確かに、夕張の成人たちは偉かった。
今年は1万円しか予算がないうえに、
金はださずに口だけ出すという最低の大人に翻弄されつつ、
自分たちの成人式は自分達でやるんだ、と
自主的に取り組んで準備して、ついに成功させたんですから。
それは本当にすごいことです。素晴らしいと思います。

しかし、そもそもの始まりは、
夕張の新成人たちは、好き好んで手作り成人式をやったのではなくて、
自治体が破綻して予算が付かなかったから
手作り成人式にせざるを得なかった、
ということではなかったでしょうか。

しかも、彼・彼女らには自治体の首長を選ぶ選挙権もなかった。



本来やり切れない話を安易な若者批判に繋げてしまうことによって、
本来もっと深刻で複雑なはずの話が
安っぽい美談として簡単に消費されてしまったのではないかと、
何とも気持ち悪く後味の悪い印象でした。



テレビ製作者の枠組みの立て方の安易で緩いことと、
なんでも消費の対象にしてしまうメディアの容赦のない貪欲さ。

そして、その分かりやすく食べやすい情報を、
咀嚼もせずに口を開けてあーんと飲み込む受け手。

…こんなにムカついているのは私だけでしょうか。
いや、単純にテレビを見なければ済む話なのですが。

******************

二つ目は、番組名は忘れましたが、夕方のニュース番組で、
夕張の破綻財政ぶりを、別の優良自治体(東京都三鷹市)と比較して
「自治体も運営の仕方次第で良くなるのですね」的な3秒コメント
サクッと落としたコーナーがありました。

確かに。その通りです。

しかし、こともあろうに、夕張東京都三鷹市を比較!!!
100m競走で、猫ひろしとカール・ルイスを競わせるようなものでは??
猫ひろしも結構早いとはいえ、
なんじゃこりゃあ!!と松田優作もびっくり、である。



かたや東京のベッドタウンとして戦後一貫して発展を続け、
平成15年4月現在の人口は170,930人と、
その数は近年も増加傾向にある三鷹市HPより)。
税収も豊かであると思われる、紛れも無い首都圏の自治体。

かたや国のエネルギー政策転換による炭鉱の閉山とともに
昭和35年には11万を越えた人口は、平成17年12月1日現在で12920人と
往時の11%代となり、現在も減少傾向にある夕張市HPより)。
(※H17年12月1日現在の人口データは、夕張商工会議所HPによる)

くらべてみたら~~ララ~♪
三鷹市って、すっごぉ~~い! かしこぉ~い!
かたや夕張ってなんてバカなの~。もう最低~~~。
人口減なのにでっかいハコモノばっか作っちゃってさ、
破綻するの見え見えじゃん。アホ丸出し。
終わり。

…いやー、文句なしに分かりやすいです。
安倍晋三でも3秒で分かるのではないでしょうか。



しかし…

この二者、単純に比べるにしては、
あまりに共通点に乏しいと言えませんでしょうか。
同じ地方自治体であることは確かですが、
その地理的・歴史的背景も、年齢別人口構成も、
人口動態も全く違うこの二者を
単純に比較すること自体が乱暴で無謀な試みではないでしょうか。

確かに、夕張の財政運営は放漫でしたし、
その破綻までの経緯は擁護されるものではないでしょう。

しかし、どうしてここまで赤字が肥大したかと言えば、やはり炭鉱の存在が大きい。

「もとはといえば、三井、三菱といった大資本が炭鉱全盛期につくった病院や住宅を閉山後に全部市が引き受けて、財政的な重荷になっていったわけです。」山口二郎「『強者の政治』に対抗する!」(岩波書店2006)p.163より) 

国のエネルギー政策転換、財閥という民間大資本、補助金制度、人口減少・高齢化などなど… 「努力」でどうにかなる、というよりは、もう既にヨボヨボすぎて満足にスタートラインにも立てないという次元の話ではないかと思うのです。

子どもながらに覚えているのは、昭和56年10月16日に発生した、北炭夕張新炭鉱ガス突出事故です。この事故では、坑内火災が発生したため坑内に59名もの安否不明者が残る状態で、事故後1週間が経った10月23日、火を消すために水を注入しました。この事故の他にも、夕張は数々の炭鉱事故に見舞われています。夕張は、石炭という国策の光と影とともに歩んできたと言えましょう。

国策に翻弄されたこういう棄民政策的な扱いの歴史とか、背景とか、必ずしもそれで夕張の放漫財政の全てが免罪されるわけではないとはいえ、決して一面的に切って捨てられないはずの複雑性をがっとすっ飛ばして、いきなりサクッと「自治体も運営の仕方次第で良くなるのですね」的な3秒コメントで締められると、全国放送でそれはあんまりではないか、もう少し言いようはないのか、と思ってしまうわけです。

せめて、せめて、
「各自治体にも、いろいろな歴史的背景があるのですね」ぐらいは言ってくれても良かったんじゃないでしょうか? その一言だけでも大分違うと思います。そういうのって、北海道以外の人には分かりにくいのかもしれないし、しかもテレビという限られた枠組みの短い時間での勝負だから仕方ないのかもしれないけど、そんな簡単な話だったのかい? あまりにもさらりと表面的に流しすぎじゃあーりませんか?と道産子の私はテレビにすがってしまったのでした。



というか、夕張市三鷹市という比較対象の選択って、
一般人が床屋談義でするならまだしも、
一応のことプロの報道番組の製作者というポストにある人の発想としては、あまりに貧相でバカすぎやしませんでしょうか。
せめて、福島県いわき市とか…

だって、
三鷹市って、自治体行革度1位なんですから! 
正しくは、日本経済新聞社と日経産業消費研究所が行った、全国802市区の業務効率度などを評価した第5回行政革新度調査(隔年)で、3回連続の首位、ということです。
http://smartwoman.nikkei.co.jp/news/article.aspx?id=20061016c2026n1

それと夕張市なんて、
猫ひろしとカール・ルイスみたいなもんじゃないですか!!!

大方この記事を読んだ番組制作者が、
「そうだ、夕張と三鷹市を比較してコーナーを埋めよう」
とでも思いついたに違いない。

安易すぎる…



いや、そもそも「報道番組」と思って見ちゃいけないんですね。
報道番組的ワイドショーだと思って見ればいいんですよね。


******************

前者は、夕張の若者を「善」として扱い、
後者は、夕張の破綻財政を「悪」として扱い、
それぞれに対抗する善と悪を対置させることによって、
単純な善悪の二項対立図式を視聴者に提示する。

こういう提示の仕方は、とても分かりやすい。

分かりやすいということ。
それ自体は重要なことである。

しかし、「分かりやすい」ということは
その反面、情報量が少ない、ということでもある。
また、そこから零れ落ちるものが多い、ということでもある。
副作用として思考の単純化、硬直化を促す場合もあり得る。



人間は神にはなれないので全知という状態になるのは不可能です。
だけど、だからこそ見えない部分を常に疑い深く想像していくという
無知の知の姿勢が必要ではないかと思うのです。

そうでないと、なんかやばい気がします。
「分かりやすい」と「分かった」は違うと思いますので。

というより、
世界はますます複雑化しているのに、
それを理解する側の思考チャンネルがますます単純化している気がします。

複雑さに耐えられないのか、
はたまた自分で考えることを放棄しつつあるのか、
この複雑化と単純化の相反ループはエスカレートしそうな予感。

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2007年1月 4日 (木)

謹賀新年

大変遅ればせながら

明けましておめでとうございます。

皆さま、お正月はいかがお過ごしでしょうか。

ここ静内は、明けて4日目の今日まで
ずーっと晴天の穏やかなお正月です。

Dsc01988



←今の空













さて、私事ながら、お知らせがあります。

実は、現在お腹の中に人がおりまして(36週・10ヶ月)、
1月末に女子が産まれる予定です。
今もモゴモゴと動いているところです。

ですので、すわ入院!という事態になったら
このブログも急に開店休業状態になることと思いますので、
その旨どうぞご了承ください。



現在あまりにも腹が重くて大きくて、
何をするんでも
取組み直後の相撲取りのようにふうふう言ってます。

毎日限界を更新している感じですが、
人間の腹ってここまで伸びるんだー(というかどこまで伸びるのか)、
と日々新鮮です。

いやー
しかし、重い。

座っていても立っていても寝ていても、重いです。

ここへ来るまでは
「妊婦って思ったより快適だし楽しい♪」と余裕でしたが、
そろそろ何とかしてほしくなってきました。


******** 追記 ********

本日9時より、テレビ北海道(テレビ東京)にて
ジャッキー・チェンの「酔拳」(1978)が入ります。

酔えば酔うほど強くなる!
あのドランク・マスターに会えるチャンス!!
RESPECT!! ユァン・シャオ・ティエン!

Suiken_1

30代後半以上の人なら、一度は真似した記憶があるでしょう。
<小学校の頃「ジャッキー・チェンの物まね禁止」となった>
という映画コメントがあるほど当時の小学生を熱くした映画です。

2時間くぎづけ・間違いなし。
お見逃しなく!!!

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2006年12月22日 (金)

続々・税を考える週間 習字展

昨日の日高報知新聞に、年末までの納税を促す広告の第二弾がありました。

Dsc01950

またしても各賞の発表あり。

今回の浦河税務署長賞はこちら。

Dsc01953

文言のすごさもさることながら、
上手い。上手すぎる。

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2006年12月20日 (水)

ひとり・税に関する習字展

朝方は冷えましたが、
昼になると陽が差してポカポカと暖かくなりました。
12月も20日だというのに、道路に雪一つない静内です。

100円ショップで、筆やすずりなどの習字グッズが
いろいろと売っていたので、
ひとり・税に関する習字展を開催してみました。

◆関連ブログ◆

11月16日 税を考える週間 習字展
http://shizunaijin.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_827f.html

12月13日 続・税を考える週間 習字展
http://shizunaijin.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_e022.html

まずは、こちら。

Dsc01932

「納税」というお題に対抗してみました。

次は、四文字に挑戦。

Dsc01934_2 Dsc01936_2

左右2点あわせての作品です。
ちょっと文字のバランスが悪いですね。
法人税不足を個人増税で補う、という徴税のバランスは良いのですが。

まあ個人増税、といってもそれは誤解かもしれません。
今まで特別に減税されていたもの、つまり優遇されていたものを
元に戻すというだけですから(定率減税全廃)。

2005年9月21日読売新聞記事によれば、
景気回復が鮮明になっていることに加え、先の衆院選で財政健全化を主張して自民党が圧勝し、事実上の増税に踏み切る環境が整ったと判断した」とのことですし。

あ、先の選挙は郵政民営化のみを問う
完全なシングルイシュー選挙だと思っていましたが、
いつの間にか財政健全化についても
白紙委任信任を与えていたんですね。
いやー、知らなかった。

え? 実質的に増税? 
いやいや、住民税が来年はになるってことは前から決まってますし、
所得税減税も廃止になりますけど、そんな大したことありませんて。
驚くのはまだ早いと思いますし。

なんたって、肝心なところは全て…

Dsc01940

…ですから。
それまでのお楽しみ、ということで。

だってねえ、住民税とか所得税とか消費税とか、
一度にいろんなこと考えるとパニックになってしまいますから。
物事は一つずつ、できるだけシンプルに、順番に、ね。

まー「税を考える週間」なんですけど、
私たち国民は、その時その都度与えられた情報だけ
考えてればいいわけですから。

てか、与えられた情報だけで手一杯ですから。
往々にしてそれすら消化しきれてませんし。
第一税金のことなんてよく分かりませんから。ややこしくて。
依らしむべし、知らしむべからず、って昔からよく言うでしょ。
え? 立場が違う? どう違うのよ。もうやめやめ。

とにかくね、企業減税でいいの。
安倍さんがいいっつってんだから。

企業減税により企業業績が良くなれば、いずれ家計にも波及するってね。
典型的なトリクルダウン理論

え? 周回遅れ(しかも2周)のレーガノミクス? (※詳細)
まーたく素人はこれだから嫌んなっちゃうよ。
今はね、アベノミクスっていうの。
それにね、安倍さんが好きなのは、レーガンじゃなくてサッチャーなの。

あの長谷川平蔵じゃなくて、竹中平蔵だって支持してるんだから。
え? もう辞めた? 今違う人なの? 
…あーそういえばそうだよね。影が薄くて忘れてたよ。

それに、なんたって、国民の大部分はこれですから、↓

Dsc01941

多少税金が増えたって、気にしない、気にしない! 

なんせ手元に金が入ったときには、既にもう税金が引かれた後だってんだから、引かれたことすら分かりません。
取りっぱぐれなし!
ゆえに納税者意識も薄い、と。

これこそ日本が世界に誇る税徴収システムです。
大蔵官僚あっぱれ。
え? 今「大蔵省」ってもうないの? 何それ。



けど、「源泉徴収」じゃあ小中学生にはちょっと難しすぎるから、
来年のお題はこれでどうでしょう。↓

Dsc01944

いいねえ、力強くて。
これなら小学校低学年でも書けるんじゃないかな。

口座振替にも匹敵する重要キーワードだから、
皆さん、メモっとくように。



あ、あとあんまり関係ないけど、こちら

Dsc01938

あ、関係ある?

しかし本間さんも大変だ。

「夫婦関係は冷え切っていた」(霞ヶ関関係者)んだし、
奥さんとも離婚調停中で、真剣なお付き合いだってんだし、
本人は「個人的なことで、プライバシー侵害」って主張してるし、
何より安倍さんがいいっつってんだから、別にいいんじゃあないの?

何でも本間さん自身が不要な政府資産の売却を打ち出して
官舎売却を主張してた本人らしいんだけど、
同居人は奥さんの名前で届け出ていたのに
実際に住んでたのは北新地の愛人だったりして、
しかも本間さんは月に3回くらいしか東京に来ないから
普段は愛人一人だけで住んでた状態っぽかったりして、

しかも民間の家賃相場で50万はくだらないところが7万7千円で、
官舎だから本来は官僚しか入居できないところに
なぜか本職は阪大教授の本間さんが入居できてたりして、
素人には何がなんだか分からない話なんだけど、

どうせみんなすぐ忘れちゃうんだから、
いいんじゃないの。

今自民党内から批判が相次いでいるけど
所詮それも内紛っぽいし。

せっかく郵政造反派復党劇も無事に終わってやれやれだってのに、
安倍さんも困ってるよねホント。



ひとり・税に関する習字展
ちょっと趣旨がずれた気もしないでもないですが、
もしかして二十数年ぶりに筆を持ってみたら、
習字って意外に楽しいものでした。

皆さまの力作の投稿もお待ちしております。

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2006年12月15日 (金)

冬のあったかプレゼント

昨日パーマをかけました。
ふんわりアンニュイで素敵な奥様になるはずが、
野口五郎(昔の)になってしまいました。

気を取り直して、

先日、前の職場でお世話になった史上最強の才媛Iさんより、
素敵なあったかプレゼントをいただきました。

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あったか
室内ブーツ

です。











Dsc01902


折り曲げて
履いてもOK。

中が毛布みたいな
ボアになってます。

前面にチャックが
付いていて、
着脱簡単!

Dsc01907


裏はゴムなので
すべらな~い♪

安全・安心です。







早速履いてみますと、

あったかい!
あったかすぎる!!

というか、

おもしろい!
おもしろすぎる!!

早速愛用しています。
Iさん、ありがとうございます。

冷えは女性の大敵。
これで私も今年の冬は冷え知らず!

ただ一点難点が。

これを履いたら、靴がはけない!

Dsc01915
毎日愛用の
静内人御用達、
この茶色いサンダル
しかはける靴が
ありません。

どうしよう!



いや、嘘です。
ちゃんと脱いでから靴をはきますのでご安心を。

あんまりあったか快適で、足と一体化してるもんですから。

私が愛用しているのを見て、
プロレス好きな夫曰く、

ブルーザー・ブロディみたい

…だそうです。

ジャンボ鶴田とかと闘って強かったとのこと。
ニックネームは、プロレス界のイエス・キリスト

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2006年12月14日 (木)

時間の流れ

Dsc01900

建物と建物の間から見える海は、
額縁に入った絵のようです。

昨日買ったこんにゃくの賞味期限が「07.1.02」となっていて、
ああ、もう来年だ、と思った。
今年は時間の過ぎるのがとても早い一年だった。

子どもの頃は、時間のたつのが恐ろしく遅かった。
小学校低学年の頃などは、
卒業までの数年がまるで永遠のように思えて、
開かずの牢獄に囚われた囚人のように気が遠くなったものだった。
思えば、学校の集団生活が苦手だったのだろう。

子どもの頃の時間が長く感じられるのは、
日々新しい経験をしているからだ、と聞く。
大人になってある程度経験知が身に付くと、
いろいろなことがルーティンになって、新鮮味がなくなる。
そうすると、新たに記憶すべきことや
新規に脳や感覚を働かせることがないから、記憶に残るものもなく、
ゆえに大人になると時間の経つのが早く感じられる―というのだ。

とすると、今年の私は何から何まで生活環境が一変したわけで、
今年はいろいろあって長かったなあ、と思っても良さそうなところである。
しかし、どういう訳か時間の流れはこれまでにも増して早く感じられた。
これは一体どういうわけだろう。
来年以降慣れてくるともっと早くなる、ということだろうか。
気がついたら還暦、などという事態も覚悟せねばなるまいか…

いやいや、バタバタといろいろあったからこそ
光陰矢の如し、だったのだろう。
そういうことにしておこう。

しかし、今年は本当にあっという間の一年だった。

皆さま、今年も一年本当にお世話になりました。
暮れにはまだ早いのですが、しみじみとそんな気持ちに。

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2006年12月13日 (水)

続・税を考える週間 習字展

11月16日のブログでこの習字展について書きましたが、
今朝の日高報知新聞に、この習字展の各賞の発表がありました。

18年度 税に関する習字展
今年の浦河税務署長賞は、これだ!

Dsc01919

やはり税の徴収には口座振替が一番、ということですね。



他の賞は、以下の通りです。

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2006年11月21日 (火)

だるい

Dsc01743_1

夕暮れの静内川河口です(11月10日撮影)。

ここ数日雨降りだったり寒かったりと、
アンニュイでだるい日々ですが、
皆さまそんな私に励ましのコメントを頂けないでしょうか。

沖縄知事選。
いずれが勝っても僅差だったのでしょうが、
糸数氏、惜敗。

基地ナシで経済振興って選択肢があれば、
みんなそれに入れるんじゃないかと思うんだけどなぁ。

経済振興※ただし基地アリってセットにされてるってことが
そもそもおかしい、とか言っても始まらないのかなぁ。

政府の経済振興策は、覚せい剤に似ている。
沖縄の分断と絶望は深い。

一部を殺して全体を生かす。
自分もその生権力システムに消極的に乗っかっていることを思うと
どぅーっとアンニュイでだるい日々。

気を取り戻そうと、三陰交(さんいんこう)に灸するも、
熱さに耐えすぎて、火傷す。
おかげでこの便利で貴重なツボはしばらく使えず。不覚。

乾いた心に 時代劇。
存命の作家で良いのが、佐伯泰英。
居眠り磐音シリーズの次は、「密名」シリーズで癒される。

たいやきとか、ティラミスとか、
なぜか甘いものを買ってしまう。
世の中には美味しいものがたくさんあります。
大丈夫か。

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2006年11月16日 (木)

税を考える週間 習字展

11月11日から17日の一週間は、税を考える週間です。
皆さんご存知でしたか。
私は地元の新聞・日高報知で知りました。

(参照)
税を考える週間 国税庁HP
http://www.nta.go.jp/week/h18/index.htm



これに伴い、新冠と浦河では税に関する習字展が開催されています。

①新冠@町レ・コード館
 (主催: 新冠町、新冠町納税貯蓄組合連合会)

Dsc01781_1

お題は以下の通り:

 小1・2 「ぜい」
 小3・4 「申告」
 小5・6 「税金」
 中学生 「自主納税」



②浦河@浦河ショッピングセンターMIO(ミオ)
 (主催: 浦河町納税貯蓄組合連合会)

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お題は以下の通り:

 小1 「ぜい」
 小2 「ぜいきん」
 小3 「のうぜい」
 その他 「税金」「大切な税」など





いやあ、税金って大切なんだなあ! …と小中学生も納得。

するわきゃあないだろ。



いやあ、このシュールっぷり、いかがでしょうか。

ひらがなで「ぜい」と書かれた日には、
もやはその意味すら解体され、
結核を患う人の吐息にも似た侘び寂びの境地に達しそうです。



…しかし、思うに、小中学生にこういうことさせるのって、
犯罪的ですらないでしょうか。
その意義とか。

例えば緑の週間とか防災週間とかで絵を募集するとかじゃなくて、
習字というシュールな表現手段なので余計にその無意味さが際立つというか。
いえ、習字を差別しているのではなくて。
お題はどうあれ、書をたしなむ機会が大切ってことでしょうか。

いやー…しかし、その言葉が「納税」とか「申告」なもんで、
いかにも姑息というか、大人のアリバイ的な匂いがして。

そいで、このキャンペーンが無予算でなされているのならいいんですけど、
もしかして予算が付いてたりして、それが税金からだったりしたら、
しかもそれで全国的に展開されてるんだとしたら、
このはっきり申し上げてくだらない試みに浪費された累計予算ってなんぼ?
とか思うと怒りすら感じます(脳内劇場)。



「税というテーマで絵を募集します」だと前衛的で惹かれますが。


※写真は日高報知新聞からお借りしてしまいました。
 自分で撮らないと著作権違反なのですが…どうもすみません。

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2006年11月14日 (火)

勝ち組

先週土曜日の道新に、こんな新刊広告がありました。

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また、近くの本屋さんで目にしたのですが、
雑誌「ファミリー」12月号(プレジデント社)の今月の特集は、こんな感じです。

<特集>
広がる格差教育に負けるな
わが子が輝く学校選び
発表!「東大・京大」に入りやすい都道府県ランキング


秀才9人のお宅に訪問!
頭のいい子の勉強部屋
賢い子供が望んでいる もっと勉強が楽しくなる 僕と私の「理想の家」




ぶっちゃけた話、みんな知りたいのは、やっぱりそれですよ。
格差社会がいけないの、いじめがいけないのってね、あーた、
格差もいじめもこの世からなくなるなんてこたぁ所詮ないんだから、
大事なのはね、勝ち抜くことなんですよ。

力を付けて、とにかく負け組にならんことですよ。
生きてくためにはね、まず勝たなきゃだめなんだよ。
じゃないと食ってけないんだから。

親が子どもに望むことって言ったら、ぶっちゃけた話、やっぱそれだぁね。
キレイゴト言ったってダメだよ。
昔も今も、結局は弱肉強食なんだからさぁ。
人間なんだかんだ言ったって、やっぱホンネはそこだよね。




…という人がいても全然不思議じゃないし、
その気持ちもすごくよく分かる。
受験エリートがビジネスエリートになるのもよく分かる。
東大・京大が質の高い教育を提供してくれるのもよく分かる。

だが。

それにしても、そんなあまりに大っぴらに、何の恥ずかしげもなく、
ばーんと露骨に堂々と胸張って打ち出されると、
寒々しいものがある。



「格差社会」という構造を所与の前提として、
その中で勝ち抜くことを目指す。
それも確かに現実問題として必要だし、大事なことだと思います。

しかし、その先に/それと同時に/それとは別に、
「格差社会」という構造そのものを丸ごと懐疑的に
考察・疑問視する視点を併せ持つことも必要だと思います。

両者は確かに矛盾しているかもしれません。
しかし、この矛盾に引き裂かれつつ耐えている、という状態じゃないと、
何かひどく教養とバランスを欠いた下品な人間が出来上がりそうな気がします。

前者だけの人は、エリートとは呼ばないと思います。
後者も合わせて初めてエリートと言えるのではないでしょうか。

そういう意味で、キレイゴトって必要だと思います。



つか、その前に「格差社会」の定義が必要でしょうか。
竹中平蔵氏の言う「格差社会」と、
橘木俊詔氏の言う「格差社会」とは
全然違う意味でしょうから。

「能力や努力の差による結果としての格差社会は仕方がない」
とかいう時の「格差社会」と、
「格差社会の背後には3万人の自殺者が」
とか言う時の「格差社会」とは
全然別の意味だと思いますので。

議論が噛み合わない理由は、この辺にあるのではないかと。



いや実は正直、冒頭の広告を見たときに、
あんたそんなに頭がイイんだったら、
格差社会を勝ち抜く方法なんてものよりも、
格差社会そのものを問う、っつーのが
ノブレス・オブリージュってぇもんじゃあないの?

しゃらくせえ! やっちまえ!
と抜刀しそうになりました。

まあその私の怒り自体が理不尽で
和田氏がどんな内容の本を書こうと自由ですし
そもそも私は全然この本のターゲットではないんですけれども。

あんまり挑戦的な物言いなので、
つい反応しなくてもいい私が時代劇風に反応してしまいました。



昔から三笠書房とかサンマーク出版とか、
この手のハウツー本を得意とする出版社は数多ありましたし、
読者もそこそこいたとは思いますが、
書店での扱い方とか、広告の打ち方とかに
もう少し「照れ」とか「遠慮」があったように思います。

別に「金儲けが悪い」とかしたり顔で言うつもりはありませんが、
大人がこのようにえげつなく露骨なホンネを前面に語り、
キレイゴトに対して斜に構える方がどこかカッコイイと思われる世の中というのは、どんな風になっていくのかなー、と。



  ○○はなくならない

この言の○○には、いじめ、格差、売春、犯罪、戦争、などなど
人間社会のネガティブな事柄なら何でも入ります。

このように言う人は、
何か自分が深遠な真実を語っているかのような錯覚に陥って、
ときにこれらを無くそう/減らそうと努力する人々に対して
自分が優越的地位に立っていると誤解する向きもあるようですが、

実はこれ以上に無責任で非・知的な態度はないと思います。
こうやって言ってしまうことが、実は一番カンタンなんですから。



教養の軽視と、エリートの反逆

ますます広く深く、そして可視化してきた気がします。

手っ取り早く、勝ちさえすりゃあいいんだよ。
まどろっこしいのは抜きね。
そんなことしてたら負けちゃうんだから。
負けちゃあ意味がないからさ。

と。



関係ありませんが、今週こんな本を買ってしまいました@セイコーマート。

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一冊まるごと新庄剛志(広告も)。

「勝負パンツはない。
毎日が勝負、ですから」

(GUNZE広告出演に際しての05年01月の記者会見にて)

…だそうです。

そんなに熱狂的ファン!ではないんですけれども、
札幌PARCOのポスターに出た時は、真面目に盗んでこようかと思ったものです。

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2006年11月13日 (月)

ものもち

うちの夫はとてもものもちが良い。

洗面所の石けんが切れたので、
補充しようと棚を探したら、こんなものが↓。

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たくぎんの粗品石けんでした。

ちなみに、たくぎんのタオルも現役で使用中です。
懐かしすぎて涙ちょちょぎれてる方も多いと思います。

たくぎんが破綻したのは、97年11月ですから、
約10年もこのようにきれいに保存していたことになります。

10年なんて、あっという間ということでしょうか。
それとも、うちの夫が<たくぎんファン>ということなのでしょうか。

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2006年11月 8日 (水)

本屋を流す

すーいすい。
ちょっとカメラ目線の鴨です。 

Dsc01662_2



静内で本(新刊)を買える店は、コンビニを除いて、2件ある。
GEOと静内ポスフール2Fの本屋さんの2件である。

今月号の「論座」特集は、「スキャンダルはお嫌いですか?」
岡留さんの小さな記事はHPで読んだものの、
他も見てみたくて、まずGEOへ行く。



しかし、GEOに「論座」は置いていない。
あるのは、「文藝春秋」、「正論」、「諸君」、「WILL」など。
間違っても「世界」はない。「思想」など最初からあるはずがない。

 ※ちなみに「世界」は図書館にもない。
   岩波の総合誌は静内には存在しないので、読みたい場合は自力で買うのみ。


仕方ないので「WILL」を手に取る。
今月の「WILL」総力特集は、北朝鮮の断末魔!
今月の目玉記事は、毎号寄稿の渡部昇一センセイ
「原子力潜水艦で対抗せよ!」

 ※ちなみに、センセイの8月号寄稿記事は、「日本人の倫理は教育勅語にあり」。

センセイ! 原子力潜水艦でっせ! (意味不明)

上智大学教授であるからして偉いに違いないのだろうが、日本語がひどいのと、就寝時に自分で掛け布団も掛けられなくて、じっと敷布団に横たわったまま奥さんが掛け布団を掛けてくれるのを待っている人の国防論など読む気がしないので、迷わず飛ばす。こういうのもたまに見ると面白い。

と、「噂の眞相」で連載されていた、高橋春男の絶対安全Dランキングを発見。噂眞廃刊後、WILLに引っ越していたのね。
5ヶ月前に落とした一万円が戻ってきたかのような感動。



そういえば、久しく女性誌というものを読んでいない。
女捨ててはイカンと思い、女性誌コーナーへ行くも、全く触手の動くものなし。

ぶらぶらと文庫の棚を流すと、「兄嫁との夜」というタイトルにお、と目を惹かれるも、おっさんじゃあるまいし、そんなことしてたらますます女遠ざかるので、読まない。

それにしても、男性漫画誌コーナーは、おっぱいの大きな人の表紙ばっかりになっちゃったなーという感想。気持ちは分かるけど、あまりにも。あまりにもなあ。青少年よ、アダルト文庫でも読んで想像力を鍛えたまえ、と思う。



次はポスフールの本屋さんへ。
ここでやっと「論座」を手に取ることができる。

しかし、期待外れと言うべきか、やはりと言うべきか、全然面白くない。
殆ど読まずに帰ってきた。

どんなに受けたジョークも、それがなぜ面白いのかを説明した途端に面白くなくなってしまうのと同じか。もともと論座の特集自体が「なぜスキャンダルに人は惹かれるか」みたいなことの解明を目的としていたのなら、私が期待したこと自体が間違いであった。というか、岡留さんの次の記事の1ページ目をちらりと見て、全く面白い匂いがしなくて目を通すこと自体を放棄してしまったので、真相は不明。

脱力して棚を流していたら、横山秀夫の未読本「深追い」を発見、即購入。
1負け、2勝ちで、今日の本屋ツアーは勝ち越し。



今日の記事と写真は全く関係ありません。

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2006年10月24日 (火)

風邪を引きました

約一週間も更新せずに失礼いたしました。
言い訳しますと…

先週は、ブログ・サーバーのメンテナンスのために火曜日から丸二日間更新ができませんでした。それを知らずに数時間かけて原稿を書いて「保存」ボタンを押したら、その原稿はどこか四次元へ吸い込まれていってしまいました。私の数時間の努力はどこへ行ったのでしょう。

その後、週末にかけて札幌へお出かけして、私の好きな人にたくさん会いました。皆さまお忙しい中有難うございました。とても楽しかったです。

しかし、静内へ帰ってきてからちょっと冷えたのか、風邪を引いてしまいました。熱も咳もない軽い風邪ですが、現在療養中です。ふう。

ということで、まともな更新ができるのは、もう少し先になりそうです。
せっかく訪れてくださっている皆さまには大変申し訳ありませんが、またのお越しをお待ちしております。

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2006年10月 5日 (木)

大量アクセスの秘密

10月に入ったものの、暖かい日が続いております。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて、今日家の近くのどなたかの畑で、ひょうたんを見つけました。

Dsc01561
何に使うのか…

長さ10cm強はありました。
一味唐辛子入れには
ちと大きい。

他にも大小問わず
ぶらぶらたくさん
なってました。




私にも一つくれ・くれ~い!と盗みそうになりました。

何に使うのかと言いますと、
それはやはり、中に酒を入れて、

Suiken
酔えば酔うほど
強くなる、

ドランクマスター 酔拳
お師匠様になるのです。

指でくるみ割ったりして。

こちらのページから写真をお借りしました。すみません…)
* * * * * * *


ちなみに、私の宝物Tシャツは、こちらです。

    裏も、            表も、

Dsc01585    Dsc01584_1

両面最強ブルース・リーです(\1000-にて購入)。
しかし、燃えよドラゴンのテーマに合わせて
アチャ~!とポーズを決めると、
脇の下に穴が開いています。縫わないと。

* * * * * *

そんなことはどうでもいいとして、今日の本題です。

先日、当ブログの大量アクセスについて少し書きましたが、その後減少傾向にはあるものの依然としてたくさんの方に訪れて頂いているようで、10月1日(日)から4日間の合計アクセス数は、1600を超えました。内訳は以下の通りです:

       10月01日(日) 628
         02日(月) 431
         03日(火) 284
         04日(水) 278  4日間合計1621

人気ブログを装うために私が一人で4日間にわたり1621回地道にアクセスしたという説もありますが、さすがの私もそこまで暇ではありません。それにしても、その世界では有名なMy母の俳句を載せていたら、母が心配していた通り、盗作されてしまうぐらいの勢いでした(←誰もしないっての)。

記事別のアクセス数を調べたところ、この大量アクセスのうちの大半が、9月6日の稲田朋美議員の加藤氏自宅「丸焼け」発言に関する記事(「全体主義へ」)であることが分かりました。

もなかさんという方から頂いたコメントで分かったのですが、マル激トーク・オン・ディマンドというネット番組にて、ゲストの山口二郎北大教授がこの稲田氏の「丸焼け」発言に触れたことが原因のようです。当記事掲載の日にち(9月6日)とアクセスが増え出した日(10月1日)とのギャップを考えると、おそらく間違いないと思います。

■9月6日掲載
全体主義へ
http://shizunaijin.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_de5b.html

■ビデオニュース・ドットコム
マル激トーク・オン・ディマンド 第287回(2006年9月29日放送)
安倍内閣、支持率70%の中身を問う
ゲスト:山口二郎氏(北海道大学教授)
http://www.videonews.com/

私が9月6日の記事を書く際に、北海道新聞のHPで当該記事を探してみたのですが、特集記事であったせいか、どうにも見つけられませんでした。おそらく皆さんも当の北海道新聞の記事を読みたかったのでしょうが、検索では出てこなかったので、代わりに私のところへアクセスしてくださったのではないかと思われます。

この過疎ブログが一時期賑わったのも、そういう背景があってのことと推測しています。メディアの力というのは、大きいものですね。訪れてくださった皆さま、そして山口教授、有難うございます。そんな山口教授の得意料理は、餃子です。



=====追記=====

この稲田氏の「丸焼け」発言の問題性は、左右を問わずもっと取り上げられてもいいと思うのですが、そうはなっていないようです。というか、これからなのかもしれません。

左右を問わず、「この発言はいくら何でもヤバイんじゃないの~?」と思う人、結構いるんじゃないでしょうか。人の不幸を喜ぶのはケシカラン、とかいうレベルではなしに、公人としての常識及び品位の無さ、言論への暴力に対する認識の甚だしい欠如などと言った、議員としての基本的な資質をもっと問う議論がなされてもいいのではないかと。

う~ん、もっと盛り上がるといいなあ。道新HPにこの記事が掲載されていないらしいのがイタいですね。私が打って再掲載してしまおうかな。その前に当ブログ大量アクセスブームは終わりますね。とほほ。とりあえず明日にでも。



◎おまけ◎

この稲田「丸焼け」発言の影響は、ネット上ではどの程度なのかな?と思い、ちょっと検索してみたところ、下記ブログを見つけました。

http://fukuma.way-nifty.com/fukumas_daily_record/2006/10/post_b8fb.html

道新記事の引用部分は別として、筆者の方の地の文章の前半が、どうも私のブログ記事と若干似ているような気が…。同じではないものの、言葉遣いとか、う~ん… いかがでしょうか。

あの、私の思い込みだったら大変申し訳ないのですが、もしも私の記事を「参考」にされたのでしたら、それ自体は全く構わないのですが、ネタ元を明記されるとか、事前事後にちょこっとコメントやTBなどでお知らせ頂けたりすると大変有難かったな~と思いました。勘違いでしたら本当に失礼なのですが、どうぞよろしくお願いします。

    ↓

◎おまけの追記◎

当該ブログの主催の方から早速ご連絡を頂きまして、丁寧に対応して頂きました。
有難うございます。取り急ぎお礼とお知らせまで。。。

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2006年9月 5日 (火)

おなら考

天皇皇后来道を前に、ここ日高もめっきり涼しくなりました。

何だか外が騒がしいと思ったら、庭に番いのカラスが来ていて、
赤く熟したミニトマトを取って食べているのでした。
二羽が並んでいた塀の上には、熟したミニトマトが一個、
ちょこんと置かれていて、少し突付いた形跡あり。
まるで一羽がもう一羽に「これ、食べなよ」と
プレゼントでもしたかのような風情でした。
カラスにやる分などないので、全部収穫しました。

* * * * * * * * *

どうやらダリアの季節のようです。
色とりどりのダリアが満開でした。

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* * * * * * * * * *

さて、今日の本題です。
今夏、生まれて初めてお通じの不調に悩まされまして、
便秘対策情報をネットで検索しました。

それによると、便秘には…
 「お腹が張って苦しい」
 「おならが臭い」「吹き出物が出る」
 「腰が重い」、「お尻が切れて痛い」
 「身体がダルイ」

 ・・・・などなど、様々なつらい症状があることが分かりました。
http://www.benpi.co.jp/  (以上左記HPより引用。しかし何つうURL)
http://www.kk-verite.co.jp/ZK04.html
http://www.kk-verite.co.jp/ZK02.html
http://www.selfmed.co.jp/

…が、ちょっと待て。
「おならが臭い」…って、おならって元々臭いもんじゃないですか? これ、日本語おかしくないですか? (って私に言われる筋合いはないのでしょうが) それとも、普段のおならが臭いのは、私だけなのでしょうか。非便秘時のおならは、皆さん臭くないのでしょうか。

おならで数々の歴史を作ってきた私としては、この表記は断然おかしい!と思うのであります。この表記は、一つのHPだけではなくて、数々のHPに共通して見られました。

いや、意味は分かりますよ。体験しましたので。確かにその威力は殺人的でした。私自身ですら殺されそうでしたし、夫も危ういところでした。

しかしなお、それならば、「おならが特に臭い」とか、「おならが最終兵器並みに臭い」とか、臭いの度合いを示す副詞(節)を挿入すべきだと思うのです。だって、便秘でなくたって、おならは臭いんですから。

何だか最近日本語が乱れているわ~、と思った一件でした。

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2006年8月29日 (火)

新聞小説のエロ化を危惧する

うちは北海道新聞を購読しているのだが、
ここ数日、連載小説(藤田宣永「戦略外通告」)の様子がおかしい。

内容は、リストラされた中年男性の社会生活や妻との関係、
何十年かぶりに再会した幼馴染への恋心や性欲などに関する懊悩である。

これまで割に安心して読んでいたら、
主人公が妻に内緒で幼馴染と出た旅先で、あららの急展開。
そうなるのかな、と予想はしていたものの、描写がここまで露骨とは。
以下、小説の一部と挿絵を引用。

* * * * * * * * *

Dsc01267
8月26日(土)掲載

「ブラジャーが外されると、
押し上げられていた乳房が
左右にこぼれ落ちた。
想像していたよりも豊かで
張りのある乳房だった。」




Dsc01266
8月27日(日)掲載

「乳房に舌を這わせると、
晶子は可愛らしい
あえぎ声を上げ、
首をよじらせた。」






(結局、緊張のせいか彼はなぜか萎えてしまい、性交できずに終わる。)

Dsc01265
8月28日(月)掲載

「失敗したことよりも、
恋をしている相手と
融合できなかったことに
私は愕然とし、ショックを
受けていた。」





Dsc01264
8月29日(火)掲載

「『強く抱きしめて。
心から抱きしめて。
セックスなんか
どうでもいいから、
ずっと抱きしめてて』
私は、無我夢中で
晶子を抱きしめた。」



* * * * * * * * *

…細かく引用する私もどうかと思いますが、
しかも飛び飛びの引用で余計やらしい感がなきにしもあらずですが、
奥さん、いけませんよ!
じゃなくて、古い日経を読んでいるかのような心地でしたよ。やれやれ。
どうしちゃったんでしょう。道新。

編集委員が手放しで渡辺淳一を持ち上げるような
会社のなせる業、なのでしょうか。

それとも、道新に限らず、これは現代の趨勢なのでしょうか。

おそらくこの小説は、道新だけでなく他の地方紙にも
配信・掲載されていると思われます。

それにしても、この内容で、この挿絵(特に8月26日分)。
「月刊『宝石』」や「週刊現代」ならいざ知らず、
一応社会の公器たる一般の新聞に掲載するのはどんなものでしょうか。

「こんな性描写などまだまだ地味な方だ」
「中高生の漫画だってもっとすごい」
という声もあるでしょうが、なんか違うような…


ちなみに、この小説面をめくった次のページに、
「NIE ―Newspaper in Education(教育に新聞を)―」
に関する記事がありました。
確かに社会勉強には違いありません。


* * * * * * * * *

新聞連載エロ小説のパイオニアと言えば、渡辺淳一であるが、
日経連載の「愛の流刑地」が終わってやれやれと思っていたら、
次は産経が渡辺を回収し、新連載を始めているという(「あじさい日記」2006年8月15日~)。
http://wzhydrange.exblog.jp/

また、「愛ルケ」連載と同時期、毎日新聞では、
これに対抗するように小池真理子「虹の彼方」が連載されていたという。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4620107018/250-6195124-6208209?v=glance&n=465392

そして、道新のこの「戦略外通告」。

以上たった3件ではあるが、もしかしてここ最近、
新聞小説はエロ化しているのではないか?
という気がしてきた。

ちなみに、3人とも直木賞作家であり、藤田と小池は夫婦である。
藤田は何度も直木賞作家候補となった上、やっと2001年での受賞となっている。また、渡辺は、1984年上半期以降、直木賞選考委員となっている。

  渡辺  淳一 1970年上半期 第63回直木賞受賞
  小池真理子 1995年下半期 第114回直木賞受賞
  藤田  宣永 2001年上半期 第125回直木賞受賞

* * * * * * * * *


「戦略外通告」は、全体から見れば、決して濡れ場が主という訳ではない。こうした性描写その他を通じて、現代における中高年男性の置かれている不安定さやその心象風景を表現したいのだ、という作者の意図はよく分かる。おそらく同世代の共感も呼ぶであろう。個人的な好き嫌いはあるにせよ、勝れて現代的な小説だと思う。

しかし、その小説を、あのような挿絵と共に新聞に掲載することに対しては違和感がある。本当に新聞読者はああいうのが読みたいのだろうか。何だか新聞は競ってやらしい場面のある小説を載せようとしているように、私には見える。


そう言えば、昔朝日で高橋源一郎「恋愛小説家」(挿絵:しりあがり寿)が連載されていた時、毎日楽しみに読んでいた。濡れ場もあったし、確かそれに沿った挿絵もあったと記憶している。しかし、しりあがり寿だけにその絵は既に「抽象化」された趣であったためか、あまり下品な印象は受けなかった。室井佑月との離婚劇とも相俟って、興味深く読んだ覚えがある。この藤田の小説も、挿絵がしりあがり寿だったら良かったのだろうか。
…いやーやっぱり違うな。小説の「質」というか、客観化の度合いというか、そういう問題のような気がする。

* * * * * * * * *

思うに、「失楽園」「愛の流刑地」の二作は、
新聞小説に悪しき性描写コードを作ってしまったのではないだろうか。
何らかの性描写を掲載する際にも、
「日経があそこまでやったのだから、このくらいは大丈夫だろう」というような。

また、それと同時に、新聞小説における
性描写の過激度をぐっと上げてしまったのではないだろうか。
やはり性描写の過激さは、掲載新聞の話題性を高める。
そもそも小池と藤田という「官能作家」に依頼すること自体、
渡辺の二匹目の泥鰌を狙っているとも見える。
「先生。『愛ルケ』みたいのはさすがにやばいですが、
ちょっとすごいやつ、頼みますよ」
的な。
紙面作成側が、読者の期待を先取りしている、というか。

そんな気がしてならない。

* * * * * * * * *

最後に。
新聞小説に関する記事を探していて、こんな文章にヒットした。

■宮本百合子
「おのずから低きに ―今日の新聞小説と文学―」 (1939年11月)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/2809_8863.html

「読む心持のあり場所が、はじめは純文学作品の方にあってその人の新聞小説も読まれたのかもしれないが、だんだん新聞小説独特の空気に浸透されて来て、いくらか寝そべったような態度が、遂には純文学作品の体臭、身ごなしまで及び、書く方も読む方もそこで馴れ合ってしまっているような危険が非常にある。この現実のなかで、文学は決して本道的な成長をとげつつあると云えないと思う。」

「飾りなくいえばはっきり通俗であるものが、何となし只通俗ではないのだ、という様子ぶった身構えで登場していて、この三四年間の健全な文芸批評を失った読者の、半ば睡り、半ば醒めかかっている文学愛好心の上に君臨していると思われる。純文学の仕事をする作家が新聞小説をもかくことで、新聞小説の在来の文学的制約をたち切り、その質を高める方向へ作用することは至難であって、今までのところ、いつしか純文学の水準をそちらの方へ適応させて行っているのではないだろうか。」



宮本が指摘するように、質を高める方向とは逆方向へ進んだ新聞小説は、60年余を経て、さらにその通俗の度合いを増しつつある。彼女の時代には、まだ「純文学の仕事をする作家が新聞小説をも」書いていたようだが、現代ではもともと通俗作家が通俗小説を書いてそれをそのまま連載しているからである。

「飾りなくいえばはっきり通俗であるものが、何となし只通俗ではないのだ、という様子ぶった身構えで登場していて」との指摘は、現代にもそのままあてはまる。

有吉佐和子「複合汚染」や、池澤夏樹「静かな大地」のような作品が連載されていた頃が懐かしい、という事態にならないことを祈る。


* * * * * * * * *

<<追記>>

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2006年8月 7日 (月)

今日は誕生日

今日は今年一番の暑さでした。
用事があって苫小牧へ行ってきました。

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苫小牧といえば、北海道有数の工業地帯です。
これはたぶん苫東厚真発電所だと思うのですが…(自信なし)
空が暑そうです。

さて、今日8月7日は私の誕生日で、
おかげさまで37歳になりました。

この一年いろいろありましたが、大きな病気もせず
無事に誕生日を迎えられたのも、
ひとえに皆々様のおかげです。
この場を借りて、御礼申し上げます。
ありがとうございます。

いえ、プレゼントなどのお気遣いは無用です。
本当に。

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2006年7月27日 (木)

夏の足元

夏の足元と言えば、やはりサンダルですね。
今年の夏は、誰にも真似できないこんなスタイルで勝負。

Dsc01086
涼しげです。

安定性バツグンで
しかも機能的。

毎日活躍中です。





Dsc01098 さて、右の写真は、
桔梗のつぼみです。

咲くと5枚の花弁が可憐な花ですが、つぼみの状態は、こんな提灯のような、紙風船のような形のようです。たぶん中身は空っぽなのだと思います。

ピンセットで先端からむいてしまいたくなるも、我慢。

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2006年7月25日 (火)

TVを見る態度に関する短い疑問

ボクシング関係でない限り、番組を見ているようには思えなくて、
でも黙ってチャンネルを変えると、父さんは必ず気がついた。


今日読んでいた小説の中の一行。
「あるある!」と思うのは、私だけだろうか。

このような人を、少なくとも私は二人知っている。
一人は父、もう一人は夫である。

テレビを見ているうちに居眠りしている時もある。
時には床に長く伸びて寝ている時もある。
見ていないから、と思って、そうっとテレビを消すと、
必ず起きる。なぜなのか?

もう一つ、昔から疑問に思っていることがある。
なぜ彼らは、頻繁にチャンネルを変えるのか?

コマーシャル中はもちろんのこと、
番組中でも、他の人が見ていようとも、容赦なく画面は変わる。
「見てたのに!」と思うことしきりである。

父と夫、そしてこの小説の中の「父さん」と、
三人(三人目は架空の人物ですが)に共通であるこの現象は、
もしかすると実はもっと広がりのあるものではないのか?
という気がしてきた。

このブログを読んで、「あるある!」とお思いの方、
またはなぜテレビに対してこのような態度を取るのか、
その理由に心当たりのある方、などなど
コメントを頂戴できたら幸いです。

* * * * * * * * *

もう一つ気になるのは、テレビに対するこのような態度は、
小説や映画等に用いられて<くたびれた中高年男性/女性>
を連想させる描写となり得る、ということである。

この小説では、引用箇所の段落の始まりは、
「いつも疲れた男だった、わたしの父さんは。」である。
ちなみに、この小説は、2002年に英国で書かれたものである。

このことは、テレビに関するこのような態度が、
その人物に対するある一定の評価を伴って、
すでに社会に共通の認識として広まりつつある、
ということを示しているように思う。

若干哀しい気がする。

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2006年7月19日 (水)

袋状の花

最近、桔梗などのような、<袋状>の花がよく咲いています。
桔梗以外は名前が分かりませんが、
かわいらしいので撮りためてあったものをいくつか。

Dsc00911

青いのと白いのとを
きれいに植えてある
お家がありました。







Dsc00908

これは芙蓉でしょうか。



よく分かりませんが…












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小さなひまわりみたいに
元気な花です。








Dsc00915

特に袋状の花ではありませんが、変てこりんでかわいい花です。

名前は何でしょう。





さて、今朝裏口から外へ出ると、
隣のお家のお庭で、2~3歳の男の子と女の子が遊んでいた。
「こんにちはー」と声を掛けると、二人ともお行儀良く「こんにちはー」と返してくれた。

と、女の子が男の子に聞いた。
「今のはおばさん?」

「叔母さん/伯母さん」の意味なのか、
それとも「オバサン」の意味なのか、計りかねましたが、
後者の意味でもその通りなんだよな~と感慨深いものがありました。

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2006年7月 5日 (水)

主婦の世界、なのか

今日隣の奥さんと一緒に、近くのお店へランチに出掛けた。
そのお店は、近所の主婦ワールドであった。
中に、同じ町内会だという奥さんがいたようなので、紹介された。

結婚して静内へ越してきたばかりなのでよろしくお願いします、と
挨拶したところ、↓初対面でこの質問。

「立ち入ったことを聞くけど、
お見合い? それとも恋愛結婚?」


「立ち入ったことを聞くけど」という前置きがまた面白かったのだが、
この言動は、主婦の世界では常識の範疇に属するのだろうか。
何か新たな世界を垣間見た気がした。

知られざる主婦の世界を特集したい野望に駆られる。
老若男女既婚未婚問わず、広く皆さまからの投稿をお待ちしております。


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2006年7月 4日 (火)

芋の花

芋の花が咲く季節である。

Dsc00893
薄紫色の可憐な花である。

他人の畑ながら、
いつ食べられるのか気になる。







他にも名前の分からない花が二つ。
いずれも人の庭のものですが。

Dsc00888_1 

白い花。









Dsc00889_1

紫色の花。









どなたか名前をご存知の方、教えて頂けると幸いです。
図鑑を買わなければ。

Dsc00896
突然ですが、
お酒(※料理酒)のキャップに
点字が付いているのを発見。

矢印が付いているが、
これは「左に回すと開く」という意味なのだろうか。

もしそうだとすると、
おお、画期的!と思う反面、
別に点字がなくても普通は分かるんじゃないか、
と思わないでもない。

今日の小さな疑問でした。

============追記=============

白い花は、「梅花うつぎ」と言うそうです。
今日たまたま行ったお店で生けてあったので、
聞いてみたらそう教えて頂きました。
ありがとうございました。

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2006年6月29日 (木)

道新 渡辺淳一インタビューを読む

少々前のことになるが、先週の日曜日の6月25日、北海道新聞に渡辺淳一のインタビューが掲載された。渡辺の新刊「愛の流刑地」の記念インタビューである。
以下、全文を引用すると同時に、私見を述べる。
下品な表現が頻出することを予めお詫びする。
(なお、文中太字※は、筆者注)

※この色の文章: インタビュアー 北海道新聞編集委員 佐藤孝雄氏
※この色の文章: 渡辺淳一氏
※この色の文章: 静内人

<同記事プロフィールより>
わたなべ・じゅんいち 1933年(昭和8年)、空知管内上砂川町生まれ。札幌医科大学卒。同大整形外科講師を務める傍ら小説を書き、69年に退職し上京、作家活動に専念する。70年「光と影」で直木賞、80年「遠き落日」などで芳川英治文学賞、2003年に菊池寛賞を受賞。題材は医学から歴史、伝記、恋愛小説まで幅広く、著書多数。直木賞、北海道新聞文学賞などの選考委員。東京都在住。

2006年6月25日(日) 北海道新聞朝刊掲載

行間往来 とーくたいむ
渡辺淳一さん 愛の流刑地
性愛の極致見詰め 人間の原点追求

精力的に大人の「男女小説(恋愛小説)に取り組み、文壇の第一線をゆく作家渡辺淳一さんの「愛の流刑地」(幻冬舎、上・下巻各1680円)が刊行された。昨年の新聞連載時から濃厚な性愛描写が反響を呼び、“愛ルケ”※なる言葉が広まった話題作。五十代半ばの中年作家と三十代半ばの主婦がひたむきに求め合う不倫の果て、それも「愛とエロス」の極致で男が女を殺(あや)め、裁かれる。著者にとっては四十年余の作家生活の一つの区切りとなったようだ。書くことで時代を攪拌(かくはん)したいと気概を抱き続ける作家精神などを聞いた。 (編集委員 佐藤孝雄)

※“愛ルケ”
ブログ「にっけいしんぶん新聞」 『今日の愛ルケ』
日経連載開始時から終了時までの全446話にわたり、リアルタイムで本作品に突っ込みを入れ続けた人気ブログ。読めば笑いでナチュラルキラー細胞が増加します。病気の方もそうでない方も必見。
http://ameblo.jp/nikkeiyokyom/theme33-10000044290.html

(以下インタビュー)

==============================

――愛ルケは男女の絶対愛を描き不倫の代名詞になった「失楽園」(1997年刊)を思い出させます。作家生活を長く続けてこられたのは常に前作に書き残した部分があるから、などと述べたことがありますが。

 「失楽園」は、あれはあれで一つの、「大人の純愛」の頂点を書き切ったと思ったんだけど、その後何を書こうと考えているときに今回のテーマが見えてきた。エクスタシーとか、情の世界の頂点での愛の行為を、法とか倫理などで裁けるのか。もう一つは性愛の頂点での男と女の性の根源的な違いを描きたかった。女のエクスタシーの深さと、それを生み出している男の、一歩下がってさめている部分。これは男と女の宿命的な生理の違いで…。性を見詰めることは、人間の原点を見詰めることで、これこそもっとも文学的なテーマだから。

==============================

インタビュアーの佐藤氏、いきなり「カッコ」も付けずに「愛ルケ」と使ってしまっていますが、いいのでしょうか。確かにこの語の社会的認知度は高いとは言え、ニュアンス的にまずいのでは…と心配するも、渡辺ほどの「文壇の第一線をゆく作家」であれば器の大きさが違う、ということなのだろうか。

さて、いきなりテーマについて言及されているが、私には、今回の作品のテーマは、ずばり「抜く」ことにあったのではないかと思える。それがポルノの大目的だからである。それ以外に何が? この作品を読んで、人間の原点だとか、男と女の性の根源的な違いだとかについてインスパイアされたという人は、よほどの豊かな想像力・創造力の持ち主といえよう。

本作品の構造は、ある二つの要素の合体といえる。
まず一つ目は、何と言っても欠かせないセックスシーンである。それも、「失楽園」よりさらに前後の脈絡のない、それでいて性描写はより濃い目のセックスシーンの応酬である。「いいから冬香の裸出せ!」※という感じである。セックスシーンばかりで、話の展開に脈絡がなく、前後のつながりが薄い(というより描写を放棄/省略している)、展開が無謀である等の要素はポルノに不可欠なものである。
二つ目として、「行列のできる法律相談所」に代表される、昨今流行の法律ブームがある。
以上二つの要素を合わせてみた(が大失敗した)ということではないか。

図式として…
   ①「失楽園」のセックスシーン(脈絡薄め/性描写濃い目)
                                     +
                  ②「行列のできる法律相談所」
                         ll
                     オヤジ朝から大喜びポルノ
…ということではないだろうか。他に何かあるだろうか。

内容としては、要するに調教するのが好きな男と、調教されるのが好きな女の(二人だけど)モノローグ+行列のできる法律相談所少々(失敗)、ということである。他に何かあるだろうか。ご指摘頂ければ幸いである。

※「いいから冬香の裸出せ!」
291話あたりから後半は、ヒロインが死んだためにセックスシーンが自ずと少なくなり、特にその声が大きかったと思われる。



==============================

――これまで数々の魅力的なヒロインをつくってきました。今回の冬香は控えめで、おっとりとして、でも情熱的で。
 小説の主人公はもちろん好きな女性でないと書き切れない。冬香は、子供が三人いて、普通のサラリーマンの平凡な妻。これまでのぼくの小説のヒロインになったことのない人物だけど、そういう女性の中の、そうであるがゆえに秘めている圧倒的なエネルギーを引き出してみようと思って…。ぼくはいろいろな女性を書いているけど、どんな女性も芯は強い。その意味では強い女しか書いていないわけで。

==============================

「数々の魅力的なヒロイン」って、いつも同じではないか。少なくとも、「失楽園」と本作品においては同じである。断言できる。名前と社会的立場が違うだけである。両ヒロイン役ともに川島なおみが演じて不足はない。肉は腐る寸前が一番うまい。

すなわち、主人公の男性に性的に開発され(た気になり)、<底なしのエロスの真髄(※後出)>に目覚めた(気になっている)女、である。子供が三人いようが孫が五人いようが、渡辺の好みの女=従順でカマトトで未開発(←ここ大事)であることに変わりはない。「強い女しか」ではなくて、「同じ女しか」書いていない、の間違いであろう。

好みの異性像が一つなのは人間として自然なことである。しかし、そのことと、作品のヒロイン像が毎回同じでいいということとは、別のことである。名前と社会的立場のみ変えればいい、という問題ではない。作家としての幅が問われるところである。

まあ、しかしそれも普通の小説において言えることである。ポルノにおいては、女性は単なるセックスの客体でよいのであろうから、毎回同じタイプの女性が出てくることは、ポルノにとってむしろ必然と言えるかもしれない。

重要なのは、この女性像が、ある程度、世間一般のオヤジ※幻想の集大成であるらしい、ということである。幻想は幻想にとどめておいてほしい。しかし、この幻想に呼応する女性が本当に出てきたら、しめたものである(←何が)。日本の少子化問題も解決するか。

※オヤジ 
オヤジ的メンタリティを内面化した女性/若年男性層も含む。



==============================

――単行本化に際し新聞連載時よりも情感の妖しさを濃密にするため、意欲的に加筆・修正したそうですが。
 作家の作品として最後に残るのは、連載小説じゃなくて単行本だから。本にするときには徹底的にこだわります。

――今までの「男女小説」の中で、本作は一つの集大成になっていると感じました。
 ありがとう。書き終わったときは心底疲れきってぐったりした。モチベーションが今回は特に高かったし、性愛の極致をだれよりもしっかりと書こうと思ったから。

==============================

確かに「集大成」であった。
ホテルの延長料金をケチるとか、初回なのに避妊しないとか、愛撫が手薄だとか、風呂に入らないとか、白いスリップがオヤジ好みだとか、「なにをするの」「だめっ…」(その他本作参照のこと)等ということではない。

脈絡のないセックスシーン、前後の繋がりを無視した無謀な展開。貧困な語彙、薄い文章、ベタなセリフ。とにかく「小説」という形式における必然、必要、流れが著しく省略され、代わりにあるのはワンパターンな性描写の連続である。

例えば、今思いついた疑問を少しあげてみるだけでも…

 ・なぜ冬香は菊治のようなしょぼくれたけっちい男に夢中になれるのか
 ・いきなり誘ってなぜそうなるのか
 ・テクニックが素晴らしい、ことになっているが、全然そう思える描写に出会わないのはなぜか
 ・二人でHばかりしているが、冬香の夫は気がついていないのか
 ・三人の子持ちである冬香の子育てはどうなっているのか
 ・「ください」「いくわよう」など、なぜ冬香は変なセリフばかり口走るのか

……等々、脈絡の無さ、展開の不自然さ、表現の貧困さにおいて、本作は従来の渡辺作品の中でも群を抜く。

ポルノにおいては、性描写は、物語の流れを形作る過程で必然的に挿入されるものではなく、それ自体が目的となる。いかに多く抜かせるか。そこが勝負である。であるからして、上記のような疑問は、それ自体が野暮であり、そのような疑問に応えるべく書くことは、ポルノとして邪道である。ポルノたるもの、そのような些事はすっ飛ばして、脈絡なくセックスシーンばかりを書くべきなのである。本作は、まさに王道を行く。

したがって、前作よりさらにポルノとして純化されている、という意味において、集大成であったと思う。

ここんとこ、もっと突っ込みどころがありそうだが、濃すぎてギブアップである。齢70を越えて、「性愛の極致」を描くため、まだまだモチベーションの高い渡辺である。



==============================

――作中、「世の中一般の単純で愚かな男たち、底なしのエロスの真髄を知らない男たち」という表現がある。本作はそういう世間の男たちに突きつける問題作では?
 たしかにそういう意図もありました。現代社会は論理性を重んじ、知性とか理を尊ぶ風潮が強すぎる。しかし現実の人間は、情とか完成の世界で生きている。誰を好きだとか嫌いだとか。とくに男女の愛とか性愛ほど論理的でないものはないからね。小説は論を書いちゃだめだと思う。そうでなく、理では説明がつかない、でもリアリティーのあるものを書かなくてはね。

==============================

佐藤氏の引用は、そっくりそのまま本作の主人公「菊治」 or/and 渡辺に当てはまる。これ以上的確な表現はあるまい。

この文章を読むと、どうやら<自分は『底なしのエロスの真髄』を知っている>という前提のようである。しかし、あの程度で真髄を語られては困る。これは、個人的経験に限らず、広く一般の現実や文学、映画等にはもっと豊かなエロスが存在する、という事実に基づく。この程度でエロスの真髄を語られては、ソクラテスもバタイユも浮かばれまい。さもなくば、「ぼくの中だけの、渡辺淳一的意味においてのエロスの真髄」と限定すべきである。

作者である渡辺本人が「これが真髄だ」と喧伝するのは作者ゆえに仕方がないとしても、世間一般が渡辺作品のような貧相な性愛観を「真髄」として持ち上げるのは、百害あって一利なしである。渡辺本人のためにもならない。

さて、そもそも、この作品の一体どこに、リアリティーがあったのだろうか。「リアリティー」の定義が私だけ違うのだろうか。ポルノ以外に、私はこれほどリアリティーに乏しい作品に出会ったことがない。その乏しさといったら、姉歯元一級建築士のカツラ以上である。その意味でもやはり本作は、ポルノである。

ポルノにリアリティーは要らない。ただひたすらセックスシーンがあればよい。これぞ正しいポルノの在り方である。

また、「現代社会は論理性を重んじ、知性とか理を尊ぶ風潮が強すぎる」と渡辺は言うが、渡辺のように性愛だけを重んじ、セックスや絶頂を尊ぶ傾向が強すぎるのもいかがなものか。少なくとも、三人の子を持つ既婚女性を絞殺したという設定に対して、あのような貧困な性描写でもって読者に共感を求めようとするのはいかがなものか。まあ、仮に性描写が十分であったとしても、共感を抱ける可能性は限りなくゼロに近いが。

さらに、「エクスタシーとか、情の世界の頂点での愛の行為を、法とか倫理などで裁けるのか」(前出)と聞かれれば、「裁けます」と答える他ない。

ちなみに、作品の中で<裁けていない>とすれば、それは作家本人の法的知識が乏しい or/and文章描写の力量が乏しいことに原因があるのであって、決してその事態そのものが「倫理や法では裁けない」という訳ではない。根本的に次元が違うので念のため。



==============================

――以前、恋愛小説の社会性を論じて、時代を撃つというか、書くことで時代を攪拌したいというようなことを話していましたが、今回、その手応えは?
 一応、ぼくなりに手応えはあった。小説を書く以上は、読者の一人一人が心の奥に秘めている、もう一人の自分というものにぶちあたってほしい。心の奥底のどこか一点に、もしかしてこの主人公のように狂おしく燃えるかもしれない、こういう恋をしたいという秘めた願望とか憧れをもっているかもしれない。その一点にぼくのうった矢が当たってくれるといい。

==============================

「時代を攪拌」した手応えがあったとすれば、それは、ただ一点、<日本を代表する経済新聞の最終面に、1年3ヶ月にわたり堂々とポルノが掲載された>という事実においてのみ、である。決して渡辺が勘違いするような肯定的な意味においてではない。

また、朝の電車で日経の一面を安心して読むことが難しくなった(一面を読むと、自動的に最終面が前の人に見えてしまうため)、という点においても、「時代を攪拌」したと言えるかもしれない。※「今日の愛ルケ(#66)」参照※
http://ameblo.jp/nikkeiyokyom/theme28-10000044290.html
「#あの挿絵が最終面に載っている新聞、朝の電車でどうやって1面に目を通せばよいのでしょうか・・・。」

さらに、この(程度の)作品で、「(渡辺のうった矢が)当たった」と感じる人は、その程度の自分なんだな、ということをもう一度冷静に考えてみる必要がある。そして、男女ともに今の日本においてそういう人が多数存在するとすれば、その程度の文化なんだな、ということを私たちは冷静に考えてみる必要がある。



==============================

――文章は優美というか典雅というか、きちっとしています。
 とくにセックスシーンを書くときは、清潔感を失わないようにしないとポルノになっちゃうからね。そのためには毅然と立った文章でないとね。とにかく性愛描写が一番疲れる。性愛を書いたら、作家のほんとうの力がわかるからね。

==============================

あ、ポルノではなかったのか。私はてっきり、渡辺はポルノを書くことを意図して、ポルノを純化したのかと思っていた。これをポルノと呼ばずして何をポルノと呼ぶのか、とも思っていた。これぞポルノ中のポルノ、正しいポルノの在り方、と思っていた。

しかし、ポルノではない、と。
してみると、ポルノとは何か。

少なくとも上記渡辺発言から読み取れるのは、ポルノか否かを分かつものは、「清潔感」の有無、とのことである。それを失うとポルノになってしまう、という。

果たして、「愛の流刑地」のセックスシーンに「清潔感」はあったか。どうも「あった」という前提で話は進んでいるようだが、どの辺にあったのか。また、どこら辺が「毅然と立っ」ていたのか。

「清潔」「毅然」という形容詞をめぐる解釈は、どうしても主観的な判断によるしかないので、あえてしない。というよりも不可能である。

ただ、「性愛を書いたら、作家のほんとうの力がわかる」という渡辺の言葉には、ある意味頷かざるを得ない。渡辺に的確に当てはまると思うからである。もちろん批判的な意味において、である。

ちなみに、別に性愛など書かなくても「作家のほんとうの力」は分かるものである。逆に、「性愛を書けば、文学的主題に触れている」と勘違いする作家が日本には多すぎる。はからずも、そうすることで自己の文学的主題の不在を曝け出すのみならず、自分の個人的な性的貧困をも曝け出すという結果に終わるのに、である。それならば、意識的に「抜く」ことを目的としたフランス書院の方が、よほど潔いというものである※。早く気付いて欲しい。

※よほど潔いというものである
決してポルノを擁護するわけではない。

また、この作品の中の一体どの部分をとって、「優美というか典雅というか、きちっとして」いる、というのか。佐藤氏は、何か違う小説を読んでいたのではないだろうか。それとも「ポルノにしては」という前置きが本当は文頭に隠れているのか。仮にも北海道新聞の編集委員たる人が、本気で言っているのだろうか。一体何と比べてそのように思うのだろうか。フランス書院文庫と比べてみても、本作は余裕で低質ではないか。

佐藤氏は、おそらくこのインタビューに臨む前に、「今日の愛ルケ」を読んでいると思われる。一体どんな気持ちでこのセリフを言ったのか。本気でないことを祈る。仕事って辛い。



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――ある評論家が、性愛を一生涯かけて書き切るのは渡辺淳一に託された使命なのだと書いていました。作家としての使命感は?
 もちろんあります。使命感というか、ぼくしか書けないものを、ぼくの文体で書く。ぼくは女性が好きだし、男女関係ほど人間くさくて非論理でチャーミングなものはない。ここから目をそらさず、さらに追い詰めていきたいと願っている。

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こういう文脈で使われるほど、「使命」とは安い言葉ではない。また、渡辺が主題としているらしい性愛も、それ自体渡辺が書く/言うほど安いものではない。安いものには、安いという。それが、この作品が刊行された意義の一つであってほしい。

<追記>

本作品の映画化において、主人公二人の配役は以下の通り。
 菊治: 豊川悦司
 冬香: 寺島しのぶ

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2006年6月22日 (木)

夏は褌

今朝チラシを見ていたら、地元の衣料品店「しまむら」で
ふんどしが売られているのを発見。

Dsc00788
紳士ふんどし各種 綿100%
380円
商品名は、「大黒柱」

トラディショナルな赤に加え、
豹柄、迷彩柄もあるという。
写真は豹柄のものらしい。

「夏 インナー特集」とのこと。






今、なぜふんどし?
誰が買うのか。それとも「LEON」とかで今流行っているのか?
それとも静内だから?

チラシによれば、「しまむら」は少なくとも道内に7店舗が展開されている。
うち、札幌には西岡店、清田店、厚別東店と3店舗も。
売り出し期間は、6月22日(木)から25日(日)の4日間。

この夏、クールビズに欠かせないアイテムかもしれません。
男性諸氏、見逃せません。


=========== 追記 ===========

Yahooで「ふんどし」を検索してみたところ、
別名「クラシックパンツ」として普通に販売されていることが
分かった。
http://www.rakuten.co.jp/shop-as/414210/501855/

締め方も載っていた。

ふんどしの着用方法
1.紐をもって腰の位置でお尻のほうに前たれをたらします。
2.紐を前で結ぶ(邪魔になる場合は腰横で結びます)
3.前たれを足の間をくぐらせて、紐の下に挟みます。
4.前たれを前にたらして着用完成です。
*ポイント:ゆるふんにならないように紐をしっかり結ぶこと。


「ゆるふん」という言葉も初めて知ったが、
ふんどしの現在を知って、とても意義深かった。

大抵の文脈では、「日本男児」という言葉は
空疎な死語として響くのみだが、
日本男児らしく、ふんどしでキメてみませんか?」
と、このように使われると、生き生きとして聞こえてくるから不思議だ。
「日本男児」の正しい使い方、と言えよう。

こんなネタで追記までして、ちょっと恥ずかしい。

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2006年5月26日 (金)

「最近のトラックバック」

ブログを開設してから4日目。
コメントもトラックバックもまだ1件もない。

・・・と、本日トップページを開くと、3件のトラックバックの送信が。
どれどれ。

1件目。
「博士とヌレちゃんは、「なぜ、右乳首なのか!!」という講演会を見に行っている為、今日はお休みです。」

2件目。
「現役女教師奈保美の本音のホンネ」

3件目。
「中高年たちよ。もう一度花を咲かそうじゃないか!
女喰いの達人たちがここに集結。夢のようなブログがついに幕を切った!
5人の女喰いプロたちがあかす、女攻略法、体験談など、見どころ満載!!
これで君も女喰いの達人だ!!」

3件目は特に面白かったので長く引用しました。
残念ながら、3件とも性産業のプロの方による送信でした。

しかし、何と言っても今日ダントツに面白かったのは、
渡辺淳一の新刊広告。
(2006年5月26日付北海道新聞2面下 全5段広告)

<渡辺淳一 『愛の流刑地』上下 幻冬舎>
「その男と出会い、女はすべてを捨てた。
 人間の性の深淵を見つめ続けた渡辺文学の到達点。
 『日本経済新聞』連載中から大反響を巻き起こした衝撃の問題作、待望の単行本化!

エクスタシーの頂点で、女が求めた究極の行為とは。

法は、この愛を裁けるのか。」

日経でまたB級ポルノが連載されていたとは知らなかった。
「失楽園」同様、連載時は大企業の取締役室は朝から異様な熱気に包まれていたことだろう。

未読ではあるが、あらすじを推するに、
女が頂点で死にたいと願い、達した瞬間に殺してほしいと男に依頼し、
男はそれを実行する・・・という筋ではなかろうか。
愛ゆえに、男は殺人罪に問われるが、法はこの愛を裁けるのか・・・

裁けます。

以上、「失楽園」でもそんな感じだったので予想してみました。
渡辺は阿部定が好きらしいから。

映画化の際は、こんなコピーではどうだろう。
「男は、女に裁かれるより、法に裁かれることを選んだ」
盛り上がってまいりました。
読んでないのに。

渡辺淳一は、日本を代表するB級ポルノ作家である。
日本の中高年オヤジ男性の性的幻想を、ここまで見事に描ききる作家はいない。
最近は、オヤジ的メンタリティを内面化した女性までが渡辺ポルノを賞賛するので性質が悪い。
「オヤジ」というのは、性別を問わないと最近学びました。

フランス書院は買いにくいが、渡辺淳一なら「純文学」だし「知的」な感じがするから
堂々と読める/買える、というのが売れる理由ではなかろうか。
私なら、フランス書院の方があらゆる面で価値は高いと思うが。

しかし、渡辺ポルノに意義がないという訳では決してない。
現代日本のオヤジ幻想を学ぶなら、是非この1冊。

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