2006年9月13日 (水)

新ひだか町 音頭

今年3月末に、静内町と三石町が合併して「新ひだか町」となったことを
記念して、「新ひだか町 音頭」なるものが出来たそうです。

最初広報誌に載ったものが、歌詞に間違いがあったとかで、
昨日わざわざ回覧板がまわってきました。

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新ひだか町 音頭
作詞・作曲 久米由光

一.ハアーここはお馬産(うま)で 知られた町よ
      青い牧場で 草を食む
      馬の親仔と 嘶く若駒(いななくわかごま)
        それ それ
      えぞ山桜が 風に舞う
      ヒルズ乗馬で 汗かけば
      心さわやか そーれ
      新ひだか町 音頭

二.ハアーここは祭りで 知られた町よ
      巨大しめ縄 蓬莱山(ほうらいさん)
      祭り愉しく 大地の恵みを
        それ それ
      みついし和牛に 舌づつみ
      旅の思い出 蔵三(くらぞう)
      お湯に浸かって そーれ
      新ひだか町 音頭



※みついし温泉「蔵三」は7月中旬にオープンしているのですが、
 HPがどうにも見当たりませんでした。


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「音頭」というからには、歌が付いているはずです。
どんなメロディなんでしょう。
また、どこへ行ったら聴けるのでしょう。

ハアー♪って…
全然聞きたくないような、ちょこっと聞いてみたいような。

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2006年8月 9日 (水)

活けトマト

札幌は今日で真夏日5日目だそうで、暑中お見舞い申し上げます。
ここ静内も暑い暑いと毎日言っていますが、
本日ある事実に気が付きました。
蝉の声がしません。
蝉って、暑いところにしか生息しないのだとしたら、
静内はやはり冷涼ということになりましょうか。

さて、今朝は活け花ならぬ、活けトマトに挑戦してみました。

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野菜を「活ける」という斬新な発想で、これが意外と風流な。
自分で天才かと思いました。

床の間に置いてみると、

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これがまた義母の書と意外にしっくり来ている模様。
和と洋のコラボレーション、とも言えましょうか。

最終的に実は食べたいんですけど、赤くなるかしら。

そもそもなぜトマトを活けてみようなどと思い立ったかといいますと、
ミニトマトの低い枝が地面に付いて、そのまま実がなっているのを
ぼっこを立てて空中で実が育つように縛ってやろうと思って
今朝枝を引っ張ったら、ぼっきり折れてしまったのでした。

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こんな太いのが…

ごめんよー。

トマトの枝は、
そうっと扱わないと
いけません。
すぐに折れてしまいます。

家のミニトマトは、もうこんなんです。
実の重みで枝が垂れ下がっています。

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不死身の紫蘇も勢いを取り戻しています。
もう何度もむしっては復活し、むしっては復活し…
これを3、4回ほど繰り返しています。

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愛・地球博に
こんなキャラクターが
いませんでしたか。






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天皇宿泊@静内の続報です。

今日の静内ウェリントンホテルは、こんな感じです。

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夏真っ盛りですので、
1階駐車場部分は
ビアテラスになっていて、
焼肉もできます。

赤提灯と青い吹流しも
見えますでしょうか。


写真中央の花壇前にある、黄色い幟に注目。

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裏面ですみませんが、
今から気合十分です。

これが本当に美味しいんですよ。

皇室御用達になるかも。














9月7日(木)、このホテルに天皇皇后が宿泊します。

1ヶ月以上前に、宮内庁の役人やSPの人たちが静内に下見に来たようですが、本当にきちんと下見したのでしょうか。

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2006年8月 4日 (金)

骨のうたう

Dsc01130暑中お見舞い申し上げます。
静内もさすがにここ数日は暑い日が続いています。
夏ですね。

8月に入ると、戦死者の声が聞こえるような
気がして、突然ですが、竹内浩三の詩を一つ。

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骨のうたう     竹内浩三

戦死やあわれ
兵隊の死ぬるや あわれ
遠い他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや 
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や


白い箱にて 故国をながめる
音もなく なんにもなく
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や女のみだしなみが大切で
骨は骨 骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨はききたかった
絶大な愛情のひびきをききたかった
がらがらどんどんと事務と常識が流れ
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった


ああ 戦死やあわれ
兵隊の死ぬるや あわれ
こらえきれないさびしさや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や


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竹内浩三(たけうち・こうぞう)
1921年、三重県宇治山田市に生れる。34年、宇治山田中学校に入学。同級の阪本楠彦、中井利亮らを誘って「まんがのよろずや」「マンガ」「ぱんち」と題した手作りの回覧雑誌を作る。担任の数学者も驚くほど、幾何学の成績が抜群だったが、教練は不合格。40年、日本大学専門部映画科へ入学。42年、中井利亮、野村一雄、土屋陽一らと『伊勢文学』を創刊。同年10月に三重県久居町の中部第三十八部隊に入営、43年に茨城県西筑波飛行場へ転属される。44年1月1日から、「筑波日記一」の執筆を開始。7月27日に「筑波日記二」中断、12月、斬り込み隊員として比島へ向かう。45年4月9日、「比島バギオ北方一〇五二高地にて戦死」(三重県庁の公報による)


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以上全て 『竹内浩三全作品集 全1巻 日本が見えない 』(2001・藤原書店) より引用しました。

彼もまた、靖国に入っているのだろうか。

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2006年7月 2日 (日)

三沢あけみ in 蓬莱山まつり

第12回みついし蓬莱山(ほうらいさん)まつりに
三沢あけみが来る!というので、
夫と義父母と弁当敷物持参で出かける。

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生・三沢あけみ!

母(←やはりファン)にも見せたかった。

かぶりつきで見ました。
歌がいいのはもちろんのこと、
なんとも愛らしい人でした。

デビュー曲「島のブルース」を熱唱。
新曲「こころ花」は是非レパートリーに加えたい一曲でした。

後ろに見えているのは、
蓬莱山まつりの象徴、巨大しめ縄です。
長さ130m、最も太い中央部は直径3.4m、
重さは2.8トン。「日本一長いしめ縄」だそうです。

今日のお目当ては三沢あけみでしたが、
他にもイベント盛りだくさん。
一千人を越えるお客さんだったのではないでしょうか。

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期待せずにいたよさこいタイム。
チーム 北海道大学「縁」。

こんなところで褌に出会う。
これも何かの縁なのか、
最近褌づいているようだ。



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そして個人的に意外に良かったのが、阿波踊り大会。

ただの阿波踊りではない。
阿波踊り「大会」である。

「大会」であるから、
町内の全・阿波踊りチーム(!)が大集結。

演奏は、しずない阿波踊り協会。
静内は、阿波踊りが盛んなようだ。

なぜ静内で阿波踊り?
という方には、映画「北の零年」または池澤夏樹「静かな大地」をお勧めします。

明治初期、静内に初めて入植した和人は、
徳島藩洲本城代家老稲田家の一族なのでした。
静内(※合併前)は、兵庫県洲本市、西淡町と姉妹提携を結んでいます。

明治初期、庚午事変(こうごじへん)の末に
北海道開拓という名目で
棄民同然にして静内へ送られた淡路衆も、
もしかしてこうして阿波踊りを踊っていたのだろうか、
と思うと、なんだかじんわり来てしまった。

■庚午事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%9A%E5%8D%88%E4%BA%8B%E5%A4%89

果てしなく繰り返される、シンプルな音楽と、シンプルな踊り。
ループの末のトランス状態がすぐにやって来る。
同じ音楽と同じ踊りが、こうして何百年も続いてきたのか。
祭りとは、不思議な空間である。

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